【レビュー】Etymotic Research ER4-PT BAの限界を超えた、これが世界の音
読者様よりEtymotic ResearchのER-4PTのレビューを依頼され、お貸し頂くことが出来ました。こちらのレビューはお貸し頂いた読者様が「無料版」で発表して欲しいとのことなので、こちらでレビューを書きます。
Etymotic Research(ER)と云えば僕がスピーカーでオーディオに血道を上げていた頃、あの時代でも僕が唯一名を知っていたイヤホンメーカーでも有りました。
あの頃というのはピュアでヘッドホンを聴いていてもかなり馬鹿にされた頃なので、イヤホンなど聴いていますなど、なかなか吐露できない日陰の時代でもありました。口さがない人たちはすぐにそんなことでオーディオマウントを取りたがったものでした。
そんな風にイヤホンが馬鹿にされていた時代から連綿とイヤホンを作り続けているのがER。
中華から始めてイヤホンを聴きだしたのがちょうど3年ほど前くらいこの僕ですらオーディオ界に轟くERと云う名前は知っていたわけです。
でもイマイチ興味を示さなかったのは、どうせ補聴器に連なるモニター系の音だろう、と云う思い込みがありました。
そこで今回は読者の方よりご自分の使われているERの4PTのレビューをお願いしたいという事で無事に借り受けましたので、早々にレビューいたします。
事前の予想としてはモニター系の音がするリファレンスBAの音そのものだろう、と云うのが僕の認識でした。しかも1BAでは低音も出ないだろうし、音のパワー感もないだろう。どこまでモニターリファレンスとしての正確さが出せるのかというところとボーカル周りの音の詰め方でだいたいの実力は判定できます。
【Etymotic Research ER4-PTスペック】
■モデルナンバー Etymotic Research ER4-PT
■ドライバー 1BA
■感度102db
■インピーダンス27Ω
■周波数特性 20Hz ~ 16000Hz
■コード長1.5メートル
お借りしたものなのでバーンインでの変化は分かりませんが、BAなのでほとんど必要ないでしょう。ダイナミックのような音の変化をほとんど起こさないので、いきなり最初から比較的安心して聞き込めます。
やはりERも世界的なメーカーだけあって周波数特性はハイレゾ詐欺を起こしていない、人間として聞き込めるごく当たり前の数値なところが嬉しい。ハイレゾ詐欺なんてもううんざり。むしろナローレンジで音をもっと豊かに表現して欲しい。
装着感は軽く細く、非常に良好。左右はハウジング根元の赤丸で判断します。
【Etymotic Research ER4-PT音質】
ドライバーの音質はニュートラルで音が少し明るい方向となっています。
帯域バランスは見事なくらいですが、録音時適正帯域バランスよりもわずかに少ない。この為、カルボアイと比較すると-1くらいなので、10段階評価で低域量は4くらいか。
低域に関してはフラットバランスと言ってしまっても良いかと思われますが、やはりBAなので低域量はこのあたりが限界かも知れません。しかし、この1BAとしてはおそらくドライバの限界を引き出したような量と階調表現で驚くべきレベルでしょう。低音のエッジの描き方や膨らみもBAの低音としては特筆すべき優秀さ。
BAはもともとパワー感のない低域表現を持つのですが、それも最小限に抑え込まれている印象で、素晴らしい。
重低音は出てきませんが、BAとしてはハッとするような重低音の痕跡のような音がでるので驚いたことは驚きました。
言葉で表現するのが難しいのですが、重低音は出ませんが重低音らしき何かが表現されています。
これは本当にBAなのかと。
ボーカルフラットは中の上。よく出てきていますが、詰めに詰めたとは言いがたい。ボーカルに関してはおそらく「意図的」にすこし暴れさせていると判断します。ボーカルは極めてナチュラルで、よく前に出ます。その美しい音色と合わせて一級品でしょう。
こちらの4PTなのですが、確かに帯域バランスなどはフラット傾向を指し示していますが、全体的な傾向から判断すると「フラット」を目指したイヤホンではなく、ERが考えたフラット気味で音楽向けの解釈というかチューニングを施したものだと思われます。
音が少し地味に感じたりする場面がありますが、これは地味なのではなく、BA特有の音自体のパワー感の少なさから来るもので、それでもここまで表現してくれば大したものです。
と云うわけで単なるフラットバランスのイヤホンではなく、むしろ音楽リスニングに対するERの1つの答えが現れていると見ます。
エッジの表現がデジタルで聴くと少し硬めで尖りますが、これがアナログで聴くと柔らかくビシッと決まる。むしろアナログ向けのチューニングが施されているのかと思うほど。
このイヤホンの真価は細かい部分で解像度がどうとか云うものではなく、極めて洗練されたリスニング向けチューニングとその音の深さにあります。
ひとつひとつの音が非常に慎み深く豊か。一聴すると特異で派手なことのない音質なのですが、1つの音楽のまとまりと云うか、ハーモニーが特に優れていて、かなりのハイレベル。
そして、もうひとついいたいことはBAの限界を超えたような音がすること。
ここまで来ると良く出来たDDなのかと言いたいくらいなのですが、ゴチャゴチャと何でも音を野放図に出さず、見事に制御された音の出方をします。それでいて音が深い。この手の1BAは低域が入ると中高音域が崩れ気味になるのが通例なのですが、それもない。
驚くべきイヤホンです。
【Etymotic Research ER4-PTとアンプ】
アンプについて書いておきます。
こちら、イヤホンなので普通はデジタルアンプで鳴らすものなのですが、テストしてみるとどちらでもとてもよく鳴ってくれます。
チューニングがとても良く出来ているようで、解像度はそれほどでもないのですが、アナログアンプのエッジでもうまくいなしてくれるようで、若干ですがアナログアンプの良質なもので鳴らした方が個人的には好ましい音になります。この場合、解像度や分離が高めなアンプよりもむしろもっと全体で鳴らすエッジの柔らかいアンプの方が好ましいでしょう。
特にカラーが個性的なアンプ、例えば1502のように音のとても暖かいアンプを合わせたりするとデジタルにはない濃いカラーがボーカルや音に乗るようでそれをうまく表現してきます。
普通はイヤホンでアナログを使うと分離や解像度などが総崩れになるので、4PTのチューニングが単なる高解像度などのレベルの低い場所にターゲッティングされていないことの証拠でしょう。
【Etymotic Research ER4-PTまとめ】
かつてノーベル文学賞を受賞した二人目の日本人である大江健三郎が東京大学在学時に「学生デビュー」したときに、その余りの迸る才気に当時小説家を志す多くのものがその道を諦めたと聞きます。
これほどの才能を見せられて大江健三郎は超えられない、であるなら自分が小説を書く意味がないと絶望の縁で達観したのでしょう。
例えばイヤホン界においてもRHAの音を聞けば、まともな人なら挑戦する意欲を失う。
例え似たようなバランスで音を作ってみても、あの音色が出てこない。ミドルクラス以上のRHAはどれもこれも素晴らしく、イヤホンというのが本当はどこまで高く到達できるのかを僕たちに教えてくれたと云う意味でも、才能というものを見せつけるという意味でも、RHAの存在は無視できません。
ではERは?。
驚くべき才能と音だといえます。最小限のデフォルメで到達したその場所はあまりにも美しい。音がシンプルでそこには音楽を鳴らすために必要なハーモニーがある。
つまらない凡庸なイヤホンで性能がどうのこうのとか、分離がどうたらこうたらとか、この音を聞けばそんなことはすべてどうでも良くなります。
解像度?
そんなものが何の役に立つ?このERの音こそそれに対する明確な答えであり、聞いた瞬間に我が耳を疑うような素晴らしい音です。これが本当にBAの音か?BAでこの音が出せるのか?と。
長い苦闘と才能の果てにしかたどり着けないハーモニーと音色がこの音から感じられます。
もうごちゃごちゃ細かいことを言うのがバカらしくなるほど非常にレベルが高く、これが苦しみの中オーディオの高い峰に登らんとする音で、ERはRHAのように極端な音楽的デフォルメを行わず、周波数特性をフラット気味に偽装しながら、奥ゆかしく音楽を聴かせるチューニングを指向してきました。
確かに低域の帯域バランスはフラットです。ただ中高音域はフラットとは言いがたく、少なくとも聴感上の効果として最終的に耳に届けられるのはモニターチックなフラットのつまらない音ではなく、コレはもう完全に音楽を鳴らすべく作られた音。
細かいところまで聞き込めばいろいろとあるかも知れませんが、もうすべてどうでも良い。
この音が世の中にあって、わずか2万かそこらで聞けることに感謝しかありません。これがオーディオメーカーのプライドというものでしょう。
僕の唯一の失敗は、今回4PTを借り受けてしまったことで、これはもう自分で買い直そうと思います。
この4PTは特徴のあるアナログアンプで鳴らすと更に面白く、デジタル向けが基本となるイヤホンとしては異例なことにアナログアンプでもよく鳴らしてきます。しかも一聴して人を驚かせるようなアレンジやデフォルメが施されているわけではありません。ただ間違いなく言えることは、ERのこのイヤホンからは本物の音楽が流れてきます。
総合評価◎ RHAと双璧をなす素晴らしい音。