音響機器の音決めから「理系」は引っ込んで欲しい
音楽を鳴らせる本物の音響機器を作れるのは「文系」。
これ、ほんとの話。
日本の機器は理系が作って理系が判断するからどうしてもその先に行けない。
いや、日本だけで無く世界的にそう。ただ、日本の音響機器が揶揄されたのは理系がすべての面で前面に立ったから。
音響機器を作る人はある意味、詩人である必要があって、論文を書く人では出来ない。
なぜって?
論理的な飛躍がそこには無いから。
測定して測定して解析して、結局出てくるのは線の細い、綺麗ないつもの音。
特性が優れたいつものあの音。
人間の耳に心地よい音楽はオシロススコープで計っても作れないのを知らないから。
波形を図ってそれが優れていても、それでは世界に勝てない。
ある意味、理系が音決めに関わるからダメになる。
世界で天才と言われているようなハイエンドの中のハイエンドの音を作れるという人は、ある意味、逝っちゃってる人。
音が悪くなるからと言ってアンプから保護回路を外して世界中のスピーカーを巻き込んで壊してしまったり、学生時代には寮生活にもかかわらず大音響でロックを流しつづけて追い出された人とか、なんかもうちょっとどころか人の道にすらはずれてしまっている様なそんな人。
そんなしょうも無い人が驚くような美しい音色を響かせる機器を作る。
それが最も高い音の世界の話し。